硬軟の鋼をたくみにあわせて神韻を伝える刀に仕上げる「合わせ鍛え」、焼入れのさい刃部の置土(おきつち)を薄くして急冷させてマルテンサイト組織を、逆に地部の置土を厚くし徐冷させてソルバイト組織を形成させる独特の「焼入れ」、その刃部と地部の境目に現出する「刃文(はもん)」とよばれる模様、その刃文を構成する微粒子が発現する「匂(におい)」と「沸(にえ)」、こうした地肌の模様や刃文の様子をくっきりと浮出させます。
「研究と、とりあげてゆけばきりがない。
日本刀に具現されているすぐれた技術は欧米の鉄の研究者たちを驚かせる。
金属の科学の歴史をまとめた金属学者スミス博士は、『金属組織学の歴史』(1960年)でこう評価しています。
「日本刀とその金具の仕上げは類のない卓越した金属組織学者(メタログラファー)の技術です。
日本人は肉眼に美しく示現する金属の構造を正しく評価し、これを鍛造と熱処理の制御に役立てたのであるが、しかし、金属の本性または凝固と変態の科学的理解にはまったく貢献しなかった。
顕微鏡と知的好奇心の二つが17世紀から前進していったヨーロッパでは、研究に使用できた金属表面といえば、破面または完全に構造を隠してしまう研摩と艶出のほどこされた表面だけでした。
もし日本人が科学に心を傾け、逆にヨーロッパ人がよりすぐれた金属の技術者であったならば、金属学の歴史は非常に違ったものになったであろう」
そのとおりでしょう。
ヨーロッパにとって、顕微鏡は、天体望遠鏡とともに科学的研究の最大武器であったのです。
それが金属やロートアイアンの研究に利用されたとき、技術に秀でたアンアでは到達できなかった金属の科学が成立したのです。